飲食店が人手不足で閉店してしまう理由とは?
「2030年には労働力人口が約800万人不足」と各所でニュースになっており、人口減少および超高齢化社会を迎えるに当たっての労働力不足が懸念されるようになって久しいですが、飲食店業界においては、すでに「人手不足倒産」という言葉が存在するほど人手不足が深刻化しているといわれています。今回は、飲食店における人手不足についてじっくりと考えてみましょう。
データで見てみよう「人手不足」の状況
慶応義塾大学商学部教授の清家篤氏は、公益財団法人産業雇用安定センター理事長である太田俊明氏との対談の中で、日本全体の労働力について「マクロからみた現状は極めて良好です。現在、日本の有効求人倍率は1.5倍を超え、失業率は3%を切り、ほぼ完全雇用に近い状況です」と述べています。
では、業界別の状況はどうなっているでしょうか? 株式会社帝国データバンクの「人手不足に対する企業の動向調査」によると、副題に「~「飲食店は」は正社員、非正社員ともに前年から不足感が上昇~」とあるように、飲食店の人手不足が急増している結果となっていることが分かっています。
従業員の過不足感を尋ねた質問に対して、飲食店業界では正社員については65.9%、非正社員については84.1%が不足していると回答しており、特に非正社員の人材不足感は、2位の飲食料品小売業界の67.7%を大幅に上回って突出していることが明らかになっています。
なお、同調査では、人手不足倒産件数は前年比44.3%増になっており、「人手不足が企業活動に与える影響は一段と強まっている」としています。
人手不足の何が悪い?
それでは、人手不足が生じると、経営にどのような悪影響があるかについて確認しておきましょう。
- 人手が不足している状況は、従業員一人ひとりの負担が増加していることを意味します。長時間労働や忙しさに耐えかねて離職率が高まると、さらに人手が不足し、残っている従業員の労働環境がさらに悪化、離職をさらに促進するという負のスパイラルが起きることになってしまいます。
- 人手不足である状況下においては、特に新人に対する従業員教育が不十分になりがちになります。忙しい現場で注意や叱責(しっせき)を受けながらルールといったものを学ばねばならない状況では、せっかく人材を確保しても定着が望めなくなります。
- 人手が不足し、かつ新人の教育も行き届いていないとなると、接客サービスが低下しがちになります。味や衛生面だけではなく、接客態度もまた、悪評判が立つとSNSであっという間に拡散して、飲食店にとって致命的な打撃になる可能性があります。
このように、「人手が足りない」ということは、単に「多忙で困る」にとどまらず、最悪の場合には閉店に陥ってしまう可能性があるということを認識しておきましょう。
飲食店が人手不足になる理由
そもそも、飲食店が人手不足になりがちになるのはなぜなのでしょうか。一般的に挙げられている理由には以下のようなものがあります。
労働条件
飲食店は、休日が少なく、営業時間も長いため、労働環境が厳しいイメージがあります。厚生労働省の「就労条件総合調査」の結果からも、労働者1人当たりの週所定労働時間の平均は39時間2分のところ、「宿泊業、飲食サービス業」では39時間40分と長時間の労働となっていることが分かります。また、年間休日総数を見た結果では、労働者1人当たりの平均年間休日総数は113.7日であるところ、「宿泊業、飲食サービス業」では102.9日と少ないことが示されています。イメージだけではなく、実際に労働条件が厳しいことから人材が集まりにくくなっていると考えられます。
給与
株式会社マイナビの「マイナビ転職」に掲載された求人から集計された、「業種別モデル年収平均ランキング」を見てみると、上位5つの業種は以下の通りでした。
- ベンチャーキャピタル 1,436万円
- 外資系金融 850万円
- 証券・投資銀行 825万円
- 不動産 760万円
- 証券投資銀行 696万円
それらに対して、フードビジネス(洋食)は63位、483万円。フードビジネス(アジア系)は 87位、462万円。フードビジネス(和食)は60位、487万円。フードビジネス(ファストフード)は82位、465万円となっていました。
労働条件が厳しいにもかかわらず、給与水準が低いことが、人材の集まりにくさに拍車をかけていると言えるでしょう。
人手不足の裏に隠れているもの
それでは、人手不足解消には何が有効でしょうか? 最も即効性のある方法は、人材を募集して、従業員を増やすことなのですが、募集してもなかなか人材が集まらない場合には、募集方法を見直し、効果的な手段に絞り込む必要があります。人手不足が恒常化している今日では、確実に人材を集めたい場合には時給を上げての募集も検討しなければならないかもしれません。募集時給が周辺相場を下回ると反応がなかったのに、50円高いだけで応募が殺到した例もあります。
とはいえ、人件費のコントロールは飲食店経営の要であるため、そう簡単に従業員を増やしたり、時給を上げたり昇給したりできないところもあるでしょう。売り上げに対する人件費率は30%程度に抑えるようにいわれていますが、もう少し細かい管理基準をご紹介しますので、自店の現況と比べ合わせてみましょう。
人件費の基準
- 人時売上高
従業員の労働時間1時間当たりの売上高を見たものであり、「売上高」を「従業員の労働時間」で割った値で比較。4,000~5,000円が適正とされる。
- 労働生産性
従業員1人当たりの生産性を見たもの。「粗利高」を「換算人員」で割った値で比較。50~60万円が適正とされる。
- 労働分配率
粗利高に占める人件費の割合を見たもの。「人件費」を「粗利高」で割り、100をかけてパーセントで示した値で比較。適正値は40%以下とされている。
人手不足感があるにもかかわらず、上記の人件費の基準から見て、十分に人件費を割いている場合には、業務に無駄があると考えられます。人員配置を再考したり、シフトを組み直したりなどして、現在のマンパワーを有効に効率的に生かせるようにしましょう。
人手不足感があり、上記の人件費基準に照らし合わせてみても従業員にかなりの負担がかかっていると考えられる場合には、厨房内作業のなかで自動化できるものについては機械を導入したり、調理や接客オペレーションを改善したりして、労働量の減少を図る必要があると同時に、従業員の増員を考えなければならないかもしれません。
経営上、人件費のコントロールは大切ですが、人件費を削って利益を確保しているような状況では安定した経営とは言えません。「人手不足」の裏には、必要な人件費をしっかり確保できるように経営の見直しが求められていることがあるのも認識しておきましょう。
状況を冷静に分析することが肝心
これまではOKであったやり方も、世の中が変化するにつれ、改革・改善が必要になってくることはよくあることです。人手不足感が恒常化し、いつの間にか経営がジリ貧になっていくことは避けたいものです。人手不足の状況から、最悪の場合には閉店に追い込まれてしまうことがあることを念頭において、早めに打つべき手を打つようにしましょう。
参考:
特別企画:人手不足に対する企業の動向調査(2019年1月)|株式会社帝国データバンク
結果の概要|厚生労働省
モデル年収平均ランキング|マイナビ転職